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作/グッズ制作:神蔵香芳
企画:アトリエミルテ

Tへ、うさぎより

うさぎだより−3

koinu
koinu

Tへ
てがみをありがとう。うつくしい2枚の写真を見ていると、今度引っ越す場所へのあなたのおもいが伝わってくるようです。時間がとまったような1枚目をめくると、すこし光が強くなった2枚目の写真にうさぎが笑っていて、わたしも一緒にほほえみました。Tとともだちになれてとてもうれしい。わたしがいま住んでいるのは大きな木がたくさん生えている街です。朝は朝日がはっぱにあたり夕方になると夕日がはっぱを照らして、風が吹くと梢が鳴って、木漏れ日がちらちら光ります。落ち葉の季節が過ぎたらこの窓に射す光はどんなふうに変わるのかしら。この場所で初めての冬が楽しみです。


 こんにちは。お元気ですか。すこし寒くなってきたので上着を出したらポケットの中からお気にいりだったチェックのハンカチが出てきました。
最近見かけないと思ったらこんなところに入っていたとは。
ポケットって好きです。洋服のなかに全く別のちいさい空間がくっついているなんて、あらためて考えるのもなんだけど、すごくわくわくしませんか。
 ところで、うちに犬がきました。このあいだ遊びにきた友人が帰ったあと玄関にバッグがあって、忘れ物だ、と思って中を見たら、こいぬがきょとんとすわっていたの。こいぬを忘れるなんて!それとも、まさかプレゼント?
動揺しながらもう一度バッグの中を見ると一枚の紙切れが。そこには「ものごとは、やってくるときに、やってくる。さっていくときに、さっていく。物でも人でもこいぬでも。」と書かれてありました。バッグからこいぬだなんてすごくびっくりしたけど、そうか、やってきたんだ、と思った。
そんなわけで、いま、こいぬと一緒に暮らしています。
 そのバッグを置いていったひとはドナちゃんといって、わたしの母方の遠い親戚です(詳しいつながりはよく知らない)。
ドナちゃんは時々うちに遊びにきます。そして、「今日はお日様がぽかぽかしているから、庭に椅子を出してお茶を飲もうよ」といったり、「今日は空気が澄んで冷たいからホットケーキにはちみつをかけてたべようよ」といったり、「今日は雨降りだからシチューを作ろうよ」といいます。 あたたかい日も寒い日も、雨の日も風の日も、もちろん雪の日も、ドナちゃんに言わせると「今日はいい天気だな」となるのです。
ドナちゃんはときどきふっとやってくるだけで、わたしはドナちゃんのことをあんまり知らない。毎日何をして、どこに住んでいて、何歳で、とか。
でもドナちゃんが真剣な顔でホットケーキのたねをかき混ぜているところや、「おいしくできたね」と喜んでいるところや、「じゃあ、またね」というときの笑顔を見ていると、ドナちゃんのことなら何でもじゅうぶんによく知っているわ、と思うのです。
だけど、しばらくドナちゃんが来ないと、ほんとうにドナちゃんはいるのかしら、疑いたくなることも。住所も電話も名字さえ知らないし、ドナちゃんの存在自体がわたしの思い違いってことはないとしても、わたしがドナちゃんのことを忘れてしまったら、ドナちゃんは消えてしまうんじゃないかしら、と思うの。だから、わたしはときどき目をつむって今わたしがいる地面と空の間のつづきのどこかにいるドナちゃんを想像します。わたしは何かを食べたりのんびり話しているドナちゃんしか知らないけど、仕事をしていても、街を歩いていても、他の話をしていても、ドナちゃんはドナちゃんらしくやっているに違いない。この確信にたどり着くと気持ちがふわっと軽くなります。
大好きな友達がこの世界のどこかで「今日はいい天気だな」とにっこりしているって、素敵なことです。そういう世界にじぶんも住んでいるなんて!
ふと空を見上げたときに「いい天気だな」と感じたら、一人でいてもドナちゃんと一緒にいるみたいな気持ちになります。

 それでは、また。どうぞお元気で。
                               11月   うさぎより

Tの返事 3


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