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作/グッズ制作:神蔵香芳
企画:アトリエミルテ

すずえりさんへ、うさぎより

うさぎだより−2

つるつるうさぎ

 先日はお手紙ありがとう。ちょっとつらくて、その摩擦でキュッキュッと磨かれてまえよりももっときれいに光るような、そんな旅行だったのですね。旅って毎日の生活から離れたくて出かけるところがあるけど、やはりつながっていて、ということは、日常自体が旅なのかも。すずきさんの手紙を読んで、旅をしているときの感覚で毎日の生活を眺めたいな、とあらためて思いました。


 このあいだ散歩の途中で、駆けおりるのにちょうどいい坂をみつけました。それは家からすこし離れたところにあります。かなり急で、100Mくらい続いていて、まっすぐで、静かで、坂の上に立つと目の前にたくさんの空気があって、てっぺんいはとても大きな桜の木が門みたいに2本茂っています。春になったらすごいだろうな。桜の落ち葉は桜餅のにおい。清潔でやさしいにおい。そのうえおいしそう。
坂を駆けおりていると、スピードがついて、歩幅がずんずん大きくなって、夢の中で飛べちゃった時みたいに浮力がついて、笑いたくなって、気分がほかほかしてきます。内側から自然に「わたし」っていうものが湧いてきて、ああそうなんだ、わたしはいつでもわたしなんだ、と自身満々に一歩一歩地面をけっている。あっという間に過ぎていく短い時間なのに、それは、通りすぎるだけのはかないものではない、不動の実感です。
坂を駆けおりるのが好きなのは、坂の上の家で育ったからかもしれません。駆けおりていると、自分がただ自分であるだけで満ち足りていたころの時間に再会するのかもしれません。
誰かが見ていたら、用もなく駆けおりてきて、そしてまた登っていって、何をしているんだろう、あやしい人だ、と思うでしょうね。でもいいんです。それは、誰かの目がみた「わたし」だもの、どううつるかは"誰か"にまかせておけばいい。
わたしは坂を駆けおりる。風みたいに。堂々と。また登っていくのはけっこうたいへんだけど。

うさぎからの贈り物「うさぎノート」



すずえりさんへ、うさぎより

うさぎだより−3

子犬



 こんにちは。お元気ですか。すこし寒くなってきたので上着を出したらポケットの中からお気にいりだったチェックのハンカチが出てきました。
最近見かけないと思ったらこんなところに入っていたとは。
ポケットって好きです。洋服のなかに全く別のちいさい空間がくっついているなんて、あらためて考えるのもなんだけど、すごくわくわくしませんか。
 ところで、うちに犬がきました。このあいだ遊びにきた友人が帰ったあと玄関にバッグがあって、忘れ物だ、と思って中を見たら、こいぬがきょとんとすわっていたの。こいぬを忘れるなんて!それとも、まさかプレゼント?
動揺しながらもう一度バッグの中を見ると一枚の紙切れが。そこには「ものごとは、やってくるときに、やってくる。さっていくときに、さっていく。物でも人でもこいぬでも。」と書かれてありました。バッグからこいぬだなんてすごくびっくりしたけど、そうか、やってきたんだ、と思った。
そんなわけで、いま、こいぬと一緒に暮らしています。
 そのバッグを置いていったひとはドナちゃんといって、わたしの母方の遠い親戚です(詳しいつながりはよく知らない)。
ドナちゃんは時々うちに遊びにきます。そして、「今日はお日様がぽかぽかしているから、庭に椅子を出してお茶を飲もうよ」といったり、「今日は空気が澄んで冷たいからホットケーキにはちみつをかけてたべようよ」といったり、「今日は雨降りだからシチューを作ろうよ」といいます。 あたたかい日も寒い日も、雨の日も風の日も、もちろん雪の日も、ドナちゃんに言わせると「今日はいい天気だな」となるのです。
ドナちゃんはときどきふっとやってくるだけで、わたしはドナちゃんのことをあんまり知らない。毎日何をして、どこに住んでいて、何歳で、とか。
でもドナちゃんが真剣な顔でホットケーキのたねをかき混ぜているところや、「おいしくできたね」と喜んでいるところや、「じゃあ、またね」というときの笑顔を見ていると、ドナちゃんのことなら何でもじゅうぶんによく知っているわ、と思うのです。
だけど、しばらくドナちゃんが来ないと、ほんとうにドナちゃんはいるのかしら、疑いたくなることも。住所も電話も名字さえ知らないし、ドナちゃんの存在自体がわたしの思い違いってことはないとしても、わたしがドナちゃんのことを忘れてしまったら、ドナちゃんは消えてしまうんじゃないかしら、と思うの。だから、わたしはときどき目をつむって今わたしがいる地面と空の間のつづきのどこかにいるドナちゃんを想像します。わたしは何かを食べたりのんびり話しているドナちゃんしか知らないけど、仕事をしていても、街を歩いていても、他の話をしていても、ドナちゃんはドナちゃんらしくやっているに違いない。この確信にたどり着くと気持ちがふわっと軽くなります。
大好きな友達がこの世界のどこかで「今日はいい天気だな」とにっこりしているって、素敵なことです。そういう世界にじぶんも住んでいるなんて!
ふと空を見上げたときに「いい天気だな」と感じたら、一人でいてもドナちゃんと一緒にいるみたいな気持ちになります。

すずえりの返事 2と3
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