マキコさま
はじめまして、うさぎです。
わたしは大きな木に囲まれた家にこいぬとふたりで住んでいます。こいぬは、くんくんかいだり、ガリガリかじったりするのが好きな散らかしやです。
ときどき、部屋に散らかっているこのヨレヨレのボロ布は何かな、と思ってよく見ると、それは、わたしのお気に入りの刺繍つきスリッパだったりすることがあって、そんなときは、
「ああ! こいぬ、なぜなの!!」
と心底悲しくなるけど、こいぬはさも平気そうに
「ごめんね、うさぎ。でも、こいぬってものは、なんでもガリガリかじってみる、そんな元気なガリガリどうぶつなんだ。」
というので、それなら仕方ないな、と思うのです。だって、ガリガリどうぶつにガリガリするなだなんて、あんまりですもの。
こいぬとわたしは、朝目が覚めると一緒に朝ごはんを食べ、午前中はそれぞれのすることをし(それぞれのすることが、一緒の場合は一緒にして)、12時になると「そろそろ、どう?」と誘いあって一緒におひるを食べ、午後はそれぞれのすることをし、暗くなると、「そろそろ、どう?」と誘いあって一緒に晩ごはんを食べます。こいぬの好物は胚芽入りのチョコチップクッキーとマシュマロパイで、わたしの好物はレタスサラダとはちみつがけホットケーキです。
朝ごはんの後、わたしが、今日は『かぜのり』をしにいく予定だというと、こいぬが「偶然だねえ。ぼくもこれから『かぜのり』にいくところなんだ」というので、一緒に出かけることにしました。
『かぜのり』というのは、散歩していて発見した遊びで、今日みたいに風の強い日に坂道の上に立って両手を広げていっきに駈けおりるのです。
『かぜのり』で大事なのは風を読むことで、北風だったら南向きの坂を、南風だったら北向きの坂を選びます。
しばらく耳をすましたり、くんくん嗅いで「北西!」とあたりをつけてから、外に出てみると思った通りの北西の風だったので、『桜の坂道』に出かけることにしました。『桜の坂道』は東南を向いて200メートル位まっすぐにつづく坂道でてっぺんの両側にとても大きな桜の木が生えています。坂の傾斜は、買い物の荷物を持って歩くにはちょっときついくらい、つまり、『かぜのり』にぴったりの坂道なのです。
ところで、風は、わたしたちが『桜の坂道』に向かうあいだにどんどん強くなりました。飛ばされないようにしっかり手を繋いで、お互いに聞こえないので、「え、なに、こいぬ」とか、「なんだって、うさぎ」と大声で言いあいながら坂の上につくと、そこは満開の桜の門で、薄桃色のはなびらが風に舞って空気も地面も桜色でした。
わたしもこいぬも出来るだけ大きく両手を広げてすこしゆっくり坂を下りました。今日ぐらい風の強い日には、そのほうが浮力がついてうまく風に乗れるからです。
坂を下り切ると、また坂をのぼり、再び下ります。何回も何回もくり返して、すっかりくたびれると、風の中を手をつないで家に帰りました。
その間じゅう、ふたりともずっと黙ったままでした。もうもうと舞い上がる桜色の世界には、叫び声も笑い声も、どんな言葉も似合わないと思ったからです。黙っている方がもっと一緒の気持ちになれる、そういう時ってありますよね。
家につくと、いそいでスープを温めて晩ごはんにし(ふたりともハラペコでした)、人心地ついてよく見ると、こいぬの耳の中に花びらが一枚残っていました。
「あ、うさぎにも」と、いわれて気がつくと、えりの間やポケットの中から花びらが何枚も何枚も出てきました。
「桜からのおみやげだね。思い出ってこういうものなんだね。」と、こいぬがいいました。
今日は、最高のかぜのり日和で、坂道日和で、桜日和でした。
黙って坂を駈けおりるだけで、どうしてあんなに元気が湧くのかしら。わたしが、いま、ここにいるっていうことが、どうしてあんなにはっきり実感できるのかしら。
マキコさんも、いい坂道を見つけたら、ぜひ、やってみて。きっと気に入ると思います。
それでは、また。
お元気で。
3月32日 うさぎより